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札幌地方裁判所 平成8年(ワ)5175号 判決 1998年4月24日

原告

上西節子

外三名

右四名訴訟代理人弁護士

今崎清和

被告

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

樋口公啓

右訴訟代理人弁護士

小黒芳朗

被告

大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

小澤元

右訴訟代理人弁護士

伊藤隆道

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  原告らの請求

一  被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告東京海上」という。)は、原告上西節子(以下「原告節子」という。)に対し、金一〇三七万五〇〇〇円、原告上西明美(以下「原告明美」という。)、原告上西弘美(以下「原告弘美」という。)及び原告上西和彦(以下「原告和彦」という。)に対し、各金三四五万八三三三円並びに右各金員に対する平成八年一一月六日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告大東京火災海上保険株式会社(以下「被告大東京火災」という。)は、原告節子に対し、金五〇〇万円、原告明美、同弘美及び同和彦に対し、各金一六六万六六六六円並びに右各金員に対する平成八年一一月六日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  仮執行宣言。

第二  事案の概要

一  事案

本件は、被告らとそれぞれ保険契約を締結していた訴外上西和夫(以下「和夫」という。事故当時六三歳。)が自動車事故(以下「本件事故」という。)により死亡したため、その受取人である相続人四名が原告らとなり、被告らに対して、保険契約に基づき、保険金及びこれに対する訴状送達日の翌日から年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。

二  前提となる事実(証拠の引用のないものは、当事者間に争いのない事実である。)

1  和夫は、平成七年九月ころ、被告東京海上との間で、左記の保険契約を締結した。

(保険の種類)自家用自動車総合保険

(被保険自動車)軽四輪自動車(<登録番号省略>)

(保険金)被保険者死亡のとき

自損事故保険金一五〇〇万円

搭乗者保険金五〇〇万円

車両全損のとき

車両保険金七五万円

(保険金支払要件)死亡保険金・搭乗者保険金について

被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により被保険者が身体に傷害を被り、その直接の結果として事故の日から一八〇日以内に死亡したとき

車両保険金について

偶然な事故によって被保険自動車に損害が生じたとき(乙イ一号証)

(被保険者)和夫

(保険金受取人)被保険者の相続人

2  和夫は、平成六年一二月九日ころ、被告大東京火災との間で、左記の保険契約を締結した。

(保険の種類)ファミリー交通傷害保険

(保険金)死亡保険金一〇〇〇万円

(保険金支払要件)死亡保険金について

運行中の交通乗用具に搭載している被保険者が、急激かつ偶然な外来の事故によって傷害を被り、その直接の結果として事故の日から一八〇日以内に死亡したとき(乙ロ一号証)

(被保険者)和夫

(保険金受取人)被保険者の相続人

3  和夫は、平成七年一〇月五日午後三時二一分頃、小樽市銭函五丁目五二番地先の路上において、前記被保険自動車(以下「本件自動車」という。)を運転中、同所に設置された暴走行為防止対策用コンクリートブロック(以下「本件コンクリートブロック」という。)に衝突する自損事故を起こして同日四時三〇分頃死亡した。

本件事故により、本件自動車は全損した(弁論の全趣旨)。

4  原告節子は、和夫の妻であり、原告明美、同弘美及び同和彦は、いずれも同人の子である。

三  争点

保険金支払要件たる本件事故の偶然性

四  争点に対する当事者の主張等

1  被告らの主張

本件事故は、次の事情によれば、和夫の故意又は自殺行為によるものと推認され、偶然な事故とはいえない。

(一) 本件事故現場の道路は、車道幅員一八メートル、片側二車線の広軌道路であり、直線で見通しは良く、小樽市が暴走行為防止のため設置していた本件コンクリートブロック(幅1.3メートル、奥行き0.78メートル、高さ0.8メートル、重量約1.9トン。矢印を表示する看板部分を含めた地上高2.8メートル)の発見は容易であった。

(二) 本件事故は、和夫運転の本件自動車が、本件コンクリートブロックに正面衝突したものであるが、本件自動車の破損状態、衝突の衝撃により本件コンクリートブロックが約16.1メートル移動している状況等に照らし、衝突直前における本件自動車の速度が極めて高速度であったことが明らかである。

(三) 本件自動車は、マニュアル式の軽四輪自動車であり、その性能上、同車において高速度走行を維持するためには、運転者が意識的にギア及びアクセルを操作することが必要とされる。和夫は、衝突直前まで、ギアをチェンジし、アクセルを踏み込むなどして、意図的に加速を続けていたものといわなければならない。

(四) 本件事故現場付近には、ブレーキ痕等は残されておらず、和夫が回避措置を講じた形跡は認められなかった。和夫は、ブレーキをかけることもハンドルを転把することもなく、本件コンクリートブロックに直進して激突したものである。

(五) 和夫には、多額の負債があり、その支払いは順調になされていなかった。すなわち、和夫には自殺の動機が存在した。

2  原告らの主張

本件事故は、次のとおり、運転操作の誤りによる偶然な事故であり、自殺行為などの故意によるものではない。

(一) 本件事故は、居眠り運転、よそ見運転等、何らかの原因で、本件コンクリートブロックの発見が遅れ、狼狽した和夫が、ブレーキと誤ってアクセルを踏み込んだ状態で本件コンクリートブロックに正面衝突したものと考えられる。

(二) 本件事故現場付近では、本件事故以外にも、走行中の車両が暴走族対策のために設置された障害物に衝突する死亡事故が発生している。

(三) 和夫には、格別多額の借金もなく、返済もほぼ問題なくおこなわれていたものであって、債務不履行によって差し押さえや取引停止などを受けていたこともなかった。また、和夫は、老人病的な疾病のために通院加療を受けていたが、生死を分けるような病状は生じておらず、そのような診断を受けたこともなかった。したがって、和夫には自殺の動機がない。

第三  争点についての判断

一  認定事実

1  本件事故の態様

証拠(原告和彦の本人尋問、訴外荒居茂夫の証言、甲九及び一〇号証、乙イ二、ハ一七、ハ一八、ハ二〇の一ないし一八、ハ二一の一ないし六、ハ二二号証及び弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

(一) 事故現場の状況及び衝突の概況

① 本件事故現場は、石狩湾新港工業団地地区を南北に走る市道樽川西循環線上である。現場付近は、歩道部分を除く全幅員約18.0メートル、片側二車線の直線かつ平坦な舗装道路であり、見通しは良好な場所である。

同地区内における暴走族の活動が盛んであったため、本件事故現場付近路上には、暴走行為防止対策として、小樽市が管理するコンクリート製防護ブロックが合計七個設置されていた。

右ブロックの形状は、幅一三〇センチメートル、高さ八〇センチメートル、奥行き七八センチメートルの直方体であり、重さは、1.9トンであった。車両運転者から遠くからでも容易に発見しうるように、ブロック前面には、オレンジ色の螢光塗料で矢印が描かれていたほか、ブロック上部には、長さ一二二センチメートルの支柱二本が立てられ、支柱の先に、矢印を描いた大きさ横一二〇センチメートル、縦七八センチメートルの看板が取り付けられていた。

和夫が走行していた余市方面に向かう路上には、右七個のブロックのうち三個が設置されていたものであるが、その配置は、中央線寄りの車線上に本件コンクリートブロック、外側車線上で本件コンクリートブロックの約152.5メートル手前と約100.5メートル先に各一個となっていた。

したがって、運転者はコンクリートブロックを縫うように走行しなければならない状況であった。

② 本件事故現場の道路には、和夫の進行方向からみて、本件事故現場に至る約一二五〇メートル手前にT字路、約四八〇メートル手前および約二三〇メートル手前にそれぞれ信号機のない交差点がある。

③ 和夫は、本件自動車を運転し、石狩湾新港方面から余市方面に向かって本件事故現場に差し掛かったところ、本件コンクリートブロックに正面衝突した。衝突後、本件自動車は、衝突地点から約10.5メートル前進した地点で、前部を下にして倒立した状態で停止した。衝突の衝撃により、本件コンクリートブロックは、衝突地点から約16.1メートル前方に押し出された。

④ 本件自動車は、排気量六五〇㏄、車両重量六四〇キログラム、長さ3.29メートルのマニュアル車であったが、本件事故により、前部を中心として大破した。前面はほぼ平面的に約九九センチメートル凹損し、フロントガラスがひび割れ、エンジン等の機械類が運転席に食い込んだほか、右側前後部ドアが脱落した。速度計は計器盤から脱落しており、その指針は最高限である一四〇キロメートルを指示していた。

⑤ 本件事故現場付近には、本件コンクリートブロックが衝突により滑走した際に印象したズリ痕が認められたが、そのほかに、ブレーキ痕、スリップ痕等は刻されていなかった。

本件事故当時、ブレーキ痕等が路面に印象されない特殊な状況があったことは認められない。

⑥ 本件事故後、午後四時から午後五時までの間に実施された実況見分の際の天候は曇りであり、交通量は少なく閑散としていた。

⑦ 本件自動車は、平成七年九月ころ購入されたもので、同車について、同月一四日ころ車検が行われていた。

(二) 衝突直前の本件自動車の速度

本件自動車の衝突直前の速度について、乙ハ第一八号証には、時速一一二キロメートルであるとの記載があり、証人荒居茂夫の証言中にも、これに沿う供述部分がある。

しかしながら、右乙ハ第一八号証及び荒居証言によると、その根拠は、自動車が障害物に正面衝突した場合における自動車の塑性変形量と実効衝突速度との関係式から計算したというものであるが、証人荒居が用いた右関係式とは異なる関係式も学説上提示されていることが認められ、証人荒居の採用する関係式が自動車事故工学上、確立したものであるとは認められないので、時速一一二キロメートルという記載及び供述は、参考には値するものの、これを採用することはできない。しかし、他の諸説が提示するいずれの関係式により計算した場合であっても、時速96.5キロメートル以上の値を得ることが認められる。したがって、右諸説の提示する関係式については、小型車の高速衝突の場合にこれを用いて得た数値の正確性に多少問題がないとはいえないながらも、衝突により本件自動車が約一メートルも凹んでしまったこと、乙ハ第二〇号証の一ないし一八及び乙ハ第二一号証の一ないし六から認められる本件自動車の大破の状況、本件自動車が衝突後倒立してしまっていることをも考え合わせれば、本件自動車の衝突直前の速度は、控え目に見ても、時速一〇〇キロメートル程度の高速度であったと認めることができる。

2  和夫の本件に至るまでの経過について

証拠(原告節子及び和彦の本人尋問、甲一三ないし一六号証、乙イ三の一ないし四、イ四の一ないし七、イ五の一ないし三、イ六、イ七の一、二、イ八の一ないし六、イ九の一ないし四、イ一〇の一、二、イ一一の一ないし三、イ一三の一、二、ロ五号証の一ないし三及び弁論の全趣旨)によれば、次の事実が認められる。

(一) 和夫は、平成三年三月一四日、有限会社インテリアウエニシを設立し、内装仕上工事の設計・施工業を営んできたが、平成七年六月末ころからは、その経営を原告和彦に任せるようになり、自らは、タクシー会社に就職し、タクシーの運転手として稼働しながら、時に有限会社インテリアウエニシが受注した工事の作業を手伝うなどしていた。右会社は、和夫、原告和彦及び同弘美の三名で運営してきた、資本金総額三〇〇万円の同族会社であって、売上高は、平成六年度で二二四〇万円余り、平成七年度で一一九八万円余り、当期利益は、平成六年度で四〇四万円余り、平成七年度で一六四万円余り、未処理損金は、平成六年度で四〇三万円余り、平成七年度で二三八万円余りであった。

(二) 有限会社インテリアウエニシは、平成七年六月まで、和夫に対し、月三〇万円の給料を支払っていた。また、タクシー会社から和夫に支払われた給料は、月一七、八万円ほどであった。そのほか、和夫には、平成六年より年一二〇万円の年金が支給されていた。

(三) 本件事故当時における和夫名義の負債金総額は、有限会社インテリアウエニシの事業資金に当てられたものも含め、証拠上明らかなものだけで、農協、各種クレジット会社等に対して約四八〇万円であった。

(四) 和夫は、平成七年一月初旬ころから五月初旬ころまでの間、静養のため内科病院に入院し、点滴治療等を受けていたが、右期間中も、外出許可を得て、有限会社インテリアウエニシや、和夫個人が受注した内装工事作業に従事し、その収入を生活費等に当てていた。

また、和夫は、前立腺肥大症・前立腺炎の診断を受け、本件事故当時は泌尿器科病院に通院していたほか、痔を患い、併せて肛門科病院に通院していた。

前立腺の疾患については、タクシー運転手として勤務する上でもトイレが近いなどの支障を来していたもので、和夫はタクシー会社に対し、入院して手術をする旨申し出た上、平成七年九月三〇日、同社を退社した。

(五) 本件事故当時の和夫の同居家族は、母親、妻である原告節子、長女である同明美及び明美の長女の四人であり、和夫らは、札幌市手稲区曙九条<番地省略>所在のアパートにおいて生活していた。

(六) 和夫が被告らと保険契約を締結した経緯については、とくに不自然な点は認められない。

3  本件事故当日の和夫の行動

原告節子及び同和彦の各本人尋問の結果によれば以下の事実が認められる。

本件事故当日である平成七年一〇月五日、和夫は朝七時ころ起床し、午前中は自宅に車庫を設置するための杭打ち作業を行うなどしていたが、家族と昼食をとった後、午後一二時過ぎころ、本件自動車で原告明美と共に自宅を出て、原告和彦宅に食料品を届けた上、同明美をその勤め先まで送り、午後一時ころ一旦帰宅した。その後、和夫は、原告節子に肛門科病院に行く旨告げて、二時半ころ再び本件自動車で出掛けた。しかし、和夫は実際には肛門科病院に行くことなく、午後三時二一分ころ、本件事故を起こすに至っている。和夫は釣りが好きで、以前にも、病院に行く旨告げて出掛けながら、病院へは行かずに自宅から五キロメートル余り先の石狩湾新港の埠頭で釣りを見物して帰宅するということがあった。本件事故は、和夫が釣りを見物するため、石狩湾新港の埠頭へ足を伸ばした帰路に起こったものと考えられる。

二  当裁判所の判断

1 以上の事実によると、和夫は、時速一〇〇キロメートル程度の高速度で走行中、通常の運転者であれば容易に発見し、衝突を回避しうる状態で設置されていた本件コンクリートブロックに正面から衝突し、その際、和夫は何ら制動措置を取らなかったのであり、本件事故時における和夫の運転操作は極めて異常なものであったというべきであるが、本件事故について、原告らは、和夫が運転操作を誤ったものであると主張するので、以下に検討する。

2 居眠り運転の可能性

本件自動車はマニュアル車であるから、和夫が時速一〇〇キロメートル程度の速度で本件事故現場に至るには、前記T字路、あるいは、より事故現場に近い交差点から本件事故現場の道路に入った後、ギア及びアクセルを操作するなどして、事故現場直前まで加速を行う必要があり、右操作による加速中に和夫が居眠り状態に陥ったとはおよそ考え難いところである。

したがって、和夫は本件事故当時、覚醒状態で運転していたものと認められる。

3 ブレーキペダルとアクセルペダルを誤った可能性

原告らは、よそ見運転等をしていた和夫が、本件コンクリートブロックを直前になって発見し、狼狽のあまりブレーキと誤ってアクセルを踏み込んだものであると主張する。

しかし、和夫は、本件事故の数日前までタクシーの運転手として稼働していたほか、その以前にもタクシー運転手として勤務していた経験があり、自動車の運転技術には優れていたことが認められる。

したがって、本件コンクリートブロックの約152.5メートル手前外側車線上にも、同様の形状のブロックが目に付きやすい状態で設置されていたにもかかわらず、和夫がよそ見運転等により、本件コンクリートブロックを衝突直前まで発見し得なかったとは考えにくい上、最大で約一二五〇メートルの区間において、軽四輪車である本件自動車を運転して時速一〇〇キロメートル程度の速度を維持するためには、アクセルペダルを踏み込み続けている状態になければならないことが認められるから、和夫がブレーキと誤ってアクセルを踏み込んだものとは認められない。

4 その他運転操作の誤りの可能性

そのほかに和夫が運転操作を誤った原因としては、西日により視界を遮られたことが一応考えられるが、本件事故同日の午後四時から行われた実況見分時の天候が曇であったこと、乙ハ第一七号証には、平成七年一〇月三〇日午後三時二一分ころ、本件事故現場において走行実験を行った結果、西日による影響は少なかった旨記載されていることからして、西日の影響が本件事故の原因となったものとは認められない。

また、本件事故当日の三週間ほど前に車検が行われたことなどからすると、本件事故当時、本件自動車の走行装置、制動装置等に異常があったものとは認められない。

5 以上のとおり、和夫が衝突直前まで意識的に加速を続け、制動措置を取ることもハンドルを転把することもなく、本件コンクリートブロックに直進して正面衝突していることからすると、本件事故は、和夫の故意によって引き起こされたものであるといわなければならない。

本件コンクリートブロックに、時速一〇〇キロメートル程度の速度で正面衝突すれば、死の危険があることは容易に予測しうるところであり、本件事故は、和夫の覚悟の上の故意行為すなわち自殺行為によるものと認めるのが相当である。

6  自殺の動機

右認定に関し、原告らは、和夫には自殺の動機がない旨主張する。

確かに、本件事故当時の和夫の経済状態には、有限会社インテリアウエニシの経営状況も含めて、全く問題がないとまではいえないものの、特に切迫した不安が生じていたものとも認められず、和夫が患っていた疾患についても、生命に差し障るような病状等があったものとは認められず、また、事故当日も特に日常と変わった様子もなかったというのであり、証拠上、和夫の自殺の動機として確たるものを指摘し得るわけではない。

しかし、和夫の負債総額が、その収入に比してかなりの高額にのぼり、その実質の多くは有限会社インテリアウエニシの借入金であったことを考慮してもなお、和夫自身も月々のローンの支払い等に追われていた状態にあり、また右会社の経営も決して容易なものではなかったと認められ、相当の精神的負担を感じていたものと推測されること、平成七年一月初旬ころから約五か月間は、静養のため入院するなど疲労した状態にあったこと、原告和彦に右会社の経営を任せた後は、タクシー会社に就職して生計を維持しようとしたものの、前立腺肥大症等の病気により勤務もままならず、本件事故の数日前にタクシー会社を退社していることなど、本件事故に至るまでの経緯をみると、和夫がその肉体的、精神的疲労感から厭世的な気分になり、突発的に自殺の衝動に駆られたことも考えられないわけではない。

人が自殺に至る動機は実に様々であり、通常人からみるとさしたる深刻さを感じさせない動機であっても、本人にとっては重大な問題である場合もあるのであり、和夫の確たる自殺の動機を証拠上挙げ得ないとしても、このことをもって前記の認定を覆すほどのものとは認められない。

第四  結論

以上によると、本件事故は、偶然な事故とは認められないから、原告の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官金子修)

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